AIによる生態系モデリングの最前線

種分布モデル(SDM)のパラダイムシフト

種分布モデル(Species Distribution Models: SDM)は、生物の出現情報と環境データ(気候、地形、植生など)を関連付け、その種が生息可能なエリア(ニッチ)を予測する手法です。かつてはGLM(一般化線形モデル)やGAM(一般化加法モデル)などの統計的手法が主流でしたが、近年では機械学習アルゴリズムの導入により、その予測精度と適用範囲が劇的に拡大しています。

MaxEntからDeep Learningへ

SDMの分野で長らくデファクトスタンダードとされてきたのが、最大エントロピー法を用いた「MaxEnt」です。これは「在データ(Presence-only data)」のみから予測が可能であるため、不在データ(Absence data)の取得が困難な生物調査において重宝されてきました。

しかし近年では、Random ForestやGradient Boosting Decision Tree (GBDT) といったアンサンブル学習、さらにはConvolutional Neural Networks (CNN) を用いたDeep Learning手法が台頭しています。特にCNNは、環境データの空間的なパターン(テクスチャや隣接関係)を直接学習できるため、従来の点データに基づくモデルよりも高い汎化性能を示すケースが増えています。

「不在データ」の壁とPseudo-absence

AIモデルの学習において最大の課題となるのが、信頼できる「不在データ」の欠如です。「そこに生物がいなかった」のか、「調査不足で見つからなかっただけ」なのかを区別することは極めて困難です。

この課題に対し、弊社では背景データから統計的に生成した「擬似不在データ(Pseudo-absence data)」の生成ロジックを最適化するとともに、市民科学(Citizen Science)データに含まれるサンプリングバイアスを補正する独自のアルゴリズムを開発・適用しています。

社会実装への道

高精度なSDMは、単なる学術研究にとどまらず、再生可能エネルギー開発における環境アセスメントの効率化や、外来種の侵入リスク予測、さらにはTNFD開示における「優先地域(Priority Locations)」の特定など、実社会での意思決定支援ツールとして不可欠なものとなりつつあります。